おなじ春は二度と来ない。 京都で過ごせる春は 最後かもしれない。 そう思い、日が暮れるまで ひねもす遊ぶ事にした。 ********** 平日の朝、鴨川のほとりを 歩く。 慌ただしい社会の歯車の音を聞きながら、少し背徳感を 感じつつ 澄んだ朝日を めいっぱい浴びる。 鴨川デルタで有名な飛び石は、よく見ると亀の形でちょっと笑ってしまった。 近くで煙草を吸っていた サラリーマンが一服し終えて、飛び石をひょいひょい 向こう岸へ渡ってゆく。 本や映画で 取り上げられる憧れの 鴨川デルタが通勤路とは、 なんと羨ましい... それが日常なのだろうけど、よそ者から見ると、とても 優雅な通勤風景です。 読書やスケッチが できそうな、良さそうな テーブル席も見つけたので 心の中で白羽の矢を 立てておく。 ******* 百万遍さんに立ち寄る。 昨日手づくり市が催されて いたようだけど、その余韻は 無く閑散としていて 鳩だけがちょこちょこ 歩いている。 境内左のお地蔵さんの 裏手も、程よい日蔭で ゆっくり書き物でも できそう。 ******* そのまま金戒光明寺へ 向かおうとしたが、予定通りいかないところが散歩の 面白さ。道草ゝ。 吉田山の西を自転車で 下っていた時、ふと赤い 鳥居と 山へ続く長い階段が 見えたので、そぞろ心起こりちょっとだけ...と吉田山へ 足を踏み入れる。 それが一日を変える 大きな流れへ。 5分10分山道を登ると、 山頂付近の吉田公園に着く。公園といっても こじんまりと遊具とベンチがあるだけで、近所のご年配が二三人 犬を連れて談笑していた。 朝の空気を吸って、さぁ 東から金戒光明寺を目指 そうかと思ったとき、薮の 向こうに赤い鳥居が見えた。 冒険センサーがしっかり反応して、のっそり近付いてみる。 ******* ざわざわ梢の鳴る音しか 聞こえない。 街の喧騒はどこへやら、 人っ子ひとり居ない。 春の明るい木漏れ日が 差し込んでいる。 …なんと形容すればいいか 分かりませんが、その空間に呑まれました。 お墓? 石に彫られた名前は 「玉姫大明神」 「竹丸大明神」 「赤吉大神」 など、人の名ではないようです。 なんだか円くて、形のよい石が多い。鳥居型のもある。 足元に続くかわいい石畳? は人が歩いても良いもの だろうか。 ドングリの絨毯、時々、 松ぼっくり。 由来のわからないちょっと 変わった場所だけど、 得も云われぬ居心地の良さ。 ここは竹中神社の奥の院 らしく、私は正しい参道を 通らず、裏から入ってしまったようだ。 あとから調べたところ、 どうやらそこは民間の人が 願いをこめて建てたお塚群 らしい。そして昔からの土葬地だったとか、なんとか... 東向こうに如意ヶ岳大文字が見え隠れ。お稲荷さんに守られた小さな本殿の隣りには、なぜか天満宮の牛さんが鎮座して、こちらを見ている。 一部、神棚が廃れていたり 社務所とおぼしき建物が封鎖されていたりと 哀愁漂う雰囲気。 それでもここの崇敬者は多いらしく、比較的新しい朱の 玉垣が、参道にずらっと並んでいた。 桜が咲いたら、また来よう。 ******* お隣の宗忠神社の参拝も ほどほどに、東にそびえる 三重の塔に導かれ、長い階段を一気に駆け下りる。 鈴聲山真正極楽寺。 開山は古く、千年以上前の 平安時代。 観光客は3・4名ほど、広く 壮大な境内は静まりかえっている。 少し、奈良の神社仏閣の空気に似ているなぁと感じる。 近所にこんな立派なお寺さんがあったとは... 本堂前には菩提樹が植わっており、釈迦に思いを馳せる。 釈迦は29才で出家したとか。 同世代で出家か... と菩提樹の前でしばし 立ちすくむ。 お堂で涅槃図の特別拝観 チケットを買うと、おまけでお菓子をいただく。 その名も「花供曽あられ」。 ...受付のおじさんは、一瞬 ニヤリとした気がしたけど 特にツッコんだりする事も 無く、淡々と渡してくれた。 変な名前だからといって 侮ってはいけない。 元々は「花供御あられ」と いう名前が訛ったらしく、 正月に仏前へ供えた鏡餅から作ったという非常に有り難いお菓子である。 お味の方は、...素朴...でした。 年輩のガイドさんから寺宝の涅槃図の説明や、お寺の 阿弥陀さんは女性を救って くれるため、昔から女性の 信者が多いという話を聴く。 導かれるように するりとお邪魔したお寺は、思いがけずしっくり馴染む 居心地の良い場所でした。 第三十三番吉みくじを菩提樹前の結び所にくくりつけて、出発。 ******* 極楽寺を堪能しすぎて、金戒光明寺さんでは合掌のみで 下山する。 特別公開の聖護院門跡は、 皇居で火災があった時 仮皇居として歴代の天皇が住んでいたという、格式高いお寺さんです。 撮影禁止が多かったので 写真はほぼ無いですが、これは撮影したい!と思う箇所がいくつかあって、食い入るように見つめました。 特に奥座敷は部屋の空気が 違い、時間の重さを纏った ような、ほの暗く雅な空間。 恋文の形の釘隠しや、 ささの葉の透かし彫り(夜は 蝋燭の光で床の間にゆらゆら揺れる)、350年前のガラスの花頭窓等々。 建具の意匠がひとつひとつ 可愛い。 なんでかなと思ったら、それもそのはず御水尾天皇が女院のために用意してあげた部屋らしいです。 この空間に数百年前の高貴な人々が暮らしてたのか... と思うと、感慨深いものがありました。京都ってやっぱり凄い。 ******* 遅いランチ 兼 おやつ時。 本場プランスからも表彰されたという、おばあさんから孫へ受け継がれた伝説のタルトタタンが食べたくて、平安神宮そばの『ラ•ヴァチュール』へ。 京都手帳にも、ネットの いちおしどころにも載って いたため わくわくでしたが... 私からは良いリポートが できそうにありません。 一言で言うならば、心を 失った『忙』の味でしょうか。 店員さんはふたりだけで、 しんどそうに見えました。 期待が大きかっただけに落胆も大きかったけど、応援の 意味も込めて「ごちそう様 でした」と挨拶して店をあとに。 ******* 何必館 同県出身のMAYAMAXX展に行ってみる。 20分程で見終わる。 メインの絵画よりも、ロビーに置かれたジャコモ・マンズーの枢機卿のたたずまいに 心掴まれる。 気難しい批評家みたいになっちゃうのはイヤだけど、 何必館の空間づくりに 物足りなさを感じました。 シンプルで小綺麗にしてはいるけれど、どこか気怠い。 どうしてだろう。 最上階にもシンプルな茶室や中庭をしつらえてはいるけど、空虚な風が吹いている。充実感が無い。 私設の美術館だけど、運営はどのようにされているのか、学芸員は... 展覧会の内容よりも、美術館のハコの方に意識が向きました。 ******* 長い一日、ラストイベント。 円山公園端でひっそりやっている、園山大弓場で弓をひいてきました。 生まれてはじめて弓という ものを触りました。ネットで見つけて以来ずっと気になっていたので、勇気を出して 門を叩いてみると... 気さくで真面目そうな中年 男性が出て来られました。 はじめての初心者にも分かりやすく、丁寧すぎるほど丁寧に教えていただき笑、お茶 飲まれなくて大丈夫ですか...? という位矢継ぎ早に説明していただきました。 1時間程のご指導の結果。 16射中3本的中、1本かすれ。 指導者の方にだいぶ 誉めてもらいました。 かすれた1本が当たっていれば、初心者の客では2%の割合しかおらず、壁に名前を書いて張り出される、という事 でした。笑 昔水泳をしていて肩が わりと強いのと、一日お寺 巡りで神経が研ぎすま されていたせいか 思わぬ展開でしたが、 やはり 最後の一手を詰められない、というところが私の欠点 だなぁと実感し 反省しながら祇園の夜道を 帰りました。 長い長い春の一日でした。 京都で好きなことをして 暮らせる幸せ、を噛み締めた一日でした。 |